AKROSSCON登録方法

AKROSS CONは、2003年からロシアで開催されているAMVコンテストで世界でも代表的なAMVコンテストの一つです。

動画の投稿にはアカウントの登録が必要になりますので、簡単な備忘録を残しておきます。

1)ユーザーアカウント登録

 

(和訳)

2)ユーザー情報の登録

※必須項目は以下の4つです。
・ユーザー名
・e-mail
・国名
・市町村

3)動画データの登録

AKROSSCONの投稿は、投稿ページより動画データをアップロードする方法で行います。投稿できる動画には、厳密な規定が定められていますので、ご確認下さい。

・動画の説明(英語可)
・使用アニメと曲の規定
・ファイルフォーマットの規定
・演出の規定

(和訳)

 

関連リンク

AKROSSCON

AMV JAPAN
AKROSS CONへの参加方法

AniPAL AMV/MAD Communications Club JAPAN
勝手に【ロシア開催AMVコンテスト】AKROSS CON 2015 を紹介するブロマガ!

MADのメディアとニコニコ動画のみらい

1.MAD動画のメディアの歴史

MADの歴史はメディアの歴史でもある。
過去の経緯を見ると、おおよそ最盛期までの期間は約10年ということが見えてきます。これは、動画の解像度の増加と、それに合わせた次世代メディアの登場が、おおよそ10年なのだろうということが推測されます。

2.ニコニコ動画の会員数

2006年から始まったニコニコ動画ですが、2017年を堺にプレミアム会員のユーザー数減少が始まりました。不思議なことに10年目を迎えた直後下落に転じています。

一番の原因は、YouTubeへのユーザーの移動と考えられています。YouTubeの方が高画質、放送するのは無料、むしろ公告収入まで入ってくると言われれば当然の反応です。(プレミアム会員なら高画質で見れるが。)

ビジネスモデルの違いが招いた結果かと思います。

3.ドワンゴの構造改革

一旦は収益性の見えたドワンゴですが、それまでに手を広げすぎた事業が仇となり、2017年以降ユーザーの減少に加え赤字の増加に拍車をかけていきました。

2019年にKADOKAWAは大幅な構造改革を打ち出しました。

「ニコニコ動画」と「ニコニコ超会議」は、市場開発的な役割を持つ赤字部門の為、「ニコニコチャンネル」やその他ゲーム事業・イベント事業などで運営資金を補うべく多角経営のビジネスモデルとなっていきました。

前川上社長の考えは「知的財産は共有し、発展させるべき。」
(同人市場を推進させたい考え)
その理念がニコニコ動画という形で発展してきました。

2019年度、ドワンゴの業績不振により川上氏は退任。新たに、KADOKAWAの夏野氏が代表取締役に就任しています。

川上氏はユーザー目線のベンチャー社長。対して夏野氏はKADOKAWAの専務取締役(実質のナンバーツー)でムービーウオーカーの会長であったり、多くの会社の経営経験があるバリバリの経営者。若いころはiモードの開発者であった。

大幅な事業リストラを行った結果、1年で赤字だったドワンゴの収益は3倍に転換しました。(旧ドワンゴはどれだけ無駄金使ってたんでしょうか・・・)

4.ドワンゴのビジョン

ニッチでコミュ障なやつらのたまり場も、コミュニケーションツール次第で新しいサブカルチャー発展の可能性がる。そこが前川上社長の理念でした。

(初音ミク・米津玄師・Claris・HoneyWorks・藍井エイル・他アーティストや著名が多数生まれてました。)

しかし市場発展することがゴールだったので、それを補う収益化の打ち手が弱かったのかと思います。

「不易流行」とは松尾芭蕉の言葉。
いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。 また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。蕉風俳諧しょうふうはいかいの理念の一つ。

5.ニコニコ動画の今後の展望

2020年現在、一番収益が取れているのはニコニコチャンネル。ハレスタは今のコロナ禍の状況を考えると、かなりヤバいんじゃないでしょうか。超会議は今年ネット開催になったので、逆に1億円くらは経費削減なると思います。

赤字を出してでもニコニコ動画を続ける意義。ニコニコ動画は、日本のサブカルチャーをけん引してきました。ネット動画の市場開発的役目を担ってきた部分もあるので、もっと、国の支援があってもいいんじゃないかなと思います。

日本のサブカルチャーが国内外問わずグローバル化してきた今、一にも二にも海外への対応が必要ではないだろうかと思います。

そこは今KADOKAWAが取り組んでいるところなので、ニコニコ動画も、ビジネススタイルを変えていく可能性は考えられます。

しかしニコニコのインターフェイスは、使いかってが悪すぎると思いませんか・・・。
もっとシンプルにして、英語表記も増やして、海外の人でも使いやすいインターフェースにした方がいいと思いますが、どーなんでしょうか・・・。

MADにおけるニュータイプ論

1)ニュータイプとは

私は、現代の若きMAD編集者達をニュータイプと比喩することがあります。ニュータイプとは、機動戦士ガンダムに登場する、トンデモパワーを発揮する新人類のことですが、定義は複数あり詳しくはWiki参照。

ニュータイプ(ガンダムシリーズ)
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/8744.html

簡単にいうとテレパシーのさらに進化したようなもの
ガンダムNTで語られるニュータイプとは、
「互いにわかり合い、戦わずにすむ」
スペースノイドのさらに発展したようなものとされているが、実際のところ戦争は無くなることはありませんでした。
(人間の本質性は変わらない)

2)MADの異国・異文化性

MADの話に戻りましょう。

一緒くたにMADと言っても、動画・静止画・マルチソース・手書き・実写再現・ニコマス・音MADに至っては更に細分化されジャンル訳されるようです。
公開手段としては、ニコニコ動画、YouTube、Tik Tok、bilibili、MAD上映会など。また、高画質版をクラウドストレージにファイル共有する方法などもあります。AMV関係は独自サーバーで運営してるとこもあり手段は複数あるようですね。

たった1本のビデオから始まったMAD動画は、36年の時を経て(2020年現在)多くのコミュニティ・ジャンル・文化へ別れていきました。

3)MADのアングラ時代

2000年以前のまだインターネットが普及していなかった時代、コミュニティは同人イベントなどでのリアルな出会いが主流でした。MADを見ながら立ち話をし、アキバを散策し、酒を酌み交わし、有名なMADビデオについて熱く語り合う。そんな時代がありました。

2ちゃんねる登場後、コミュニティはネットへ移り変わっていきました。著名投稿はモラルの低下を招き、MADはアングラ時代へ移り変わっていきました。

もともと主張や我の強い人が集まる世界ですし、著作権などグレーな面も相まって指摘・要求・非難・クオリティや人格攻撃など罵詈雑言の嵐でした。当然それが嫌になって辞めていった人も少なくありません。

インターネットというユニバーサルな時代が到来し、未来に期待を馳せた祈りは、呪いへと変化しました。

私自身はあまり表に出ることがなかったので攻撃されることはありませんでしたが、そのような風潮にへきへきしてMAD編集から離れていったという経緯もあります。
私が重度のコミュ障なので、リアル上映会で毎回の要求・要望・イベント参加の契約書・製作者いじり・提出を落としたときの身内ネタ・飲み会の場で昔の同じ話を毎年聞かされる等々、正直気が重いとこがあったのも否めないです・・・。

4)MADの新時代

時代は流れ、十数年の後。私は、ふと気が向いてニコニコ動画を眺めていました。そにには目を疑うような光景がありました。

多くのMADイベントが開催されていて、みな良きところを評価しあい、お互いを高めあっている。そして、非常に若い人達が、信じられない技術レベルの映像を作っていました。とにかく、とても楽しそうだ。それを見て、作りたくて作りたくうずうずしたのを覚えています。

「来場者も参加者も、みんなが楽しめるイベント」
まさに、MADの創始者十二支団が掲げたテーマがそこにはありました。

後から聞いた話ですが、人知れず、風土を改善するため、尽力したユーザーも少なからずいらっしゃったということらしかったです。

5)最初のニュータイプ?

私が新人類と最初に感じたのは、Pianoさんと言う方です。(当時は2004年ころ?)AMVの手法などを取り入れ、最初にマルチソースのMADにチャレンジされた方です。

初めてしょーさんを発見したときは、進化したPianoイズムを見てるようで嬉しくてしかたがありませんでした。

6)異文化交流に大切なこと

個人の表現、主張、文化、言語、それは作る人間の数だけ存在します。
私がMADの異文化研究をするにあたり、こんなことを学びました。

「異文化は受け入れる必要はなく、理解だけすればいい。」

7)今作ってるガンダムMAD

今、機動戦士ガンダムを使ったMADを作っています。きっかけは、言葉を超えたコミュニケーションが発展し、MADという文化が日本という小さな島国を飛び越えていき、日本の誇るべきサブカルチャーに成長していって欲しいという、未来への祈りからでもあります。

AniPAFE2020 投稿予定作品 コンセプト画像

私も含めたオールドタイプ(老害)は、これからの時代を、導き、見守っていきましょう。

「我々の中に眠る 可能性という名の神を信じてー」

MAD動画の創始者「企画グループ十二支団」(1985年)

1980年代、映像や音声を切り貼りして作られたパロディ映像が普及し始めました。後にMADビデオと呼ばれる、最初に作られた映像作品集が「十二支団ビデオ」です。近畿大学の同人イベント企画グループ「企画グループ十二支団」が制作しました。

1)「企画グループ十二支団」

【活   動】1985年~1989年
【主催団体名】企画グループ十二支団
【イベント名】もうけっと / とらけっと / うさけっと / たつけっと / じゃけっと
【構 成 員】近畿大学(漫画研究会有志)(20~30名程度)
【活 動 内 容】同人イベントの主催等
【動画作品名】十二支団ビデオ
同人誌即売会がメジャーになってきたのは、ちょうど1985年前後のころ。関西でも小規模な即売会など月程度は開催され、参加人口も数百人1,000人規模の物も多かった。しかし、その内容は画一的なものでイベントとは名ばかりの会場貸しと販売目的だけの即売会が大多数であった。そのような中で、十二支団はお祭りとして楽しめるイベント性の高い即売会の開催を目指した。主体は同人誌の展示即売会であるが、同人誌の売買を主たる目的とせず、サークル参加者も一般参加者も日楽しめるような内容とするためにメインの大集会場に隣接する中集会場で企画イベントを行いました。

最初のイベントが1985年丑年であったことから「丑年コミックマーケット・もうけっと」と命名。牛の鳴き声及び儲けるとマーケットとの合成干支にちなんだ名称となったため団体名を「企画グループ十二支団」とした。同人誌即売会の他に、コスプレショー、アニソン歌合戦等の企画があり、その中で企画された物の一つが編集パロディビデオの上映会。当時としては圧倒的に自由度の高いイベントで、参加者からもかなりの高評価を得ました。場所は大阪市にある大阪市中央公会堂(中之島公会堂)で行われていました。国の重要文化財に指定される格式高い有名な建物です。

2)「びすけっと実行委員会」※前身団体

【活   動】1984年
【主催団体名】びすけっと実行委員会
【イベント名】ビスタマーケット
【構 成 員】近畿大学(SF研究会 / 漫画研究会 / アニメ研究会 ※当日スタッフのみ)
(30名程度)
【活 動 内 容】同人イベントの主催等
【動画作品名】びすけっとビデオ

十二支団発足の経緯をお聞きすることができました。インターネットの情報では発足が84年や85年と諸説ありまして、ここらへんを直接団長のtencho様に質問してみました。

十二支団は1985年発足であるが、十二支団が発足する前に前身となる団体がありました。名を「びすけっと実行委員会」。そこで企画された同人イベントが「ビスタマーケット」。この同人会場の一角で、アニメのオープニング集などの上映を行った中に「びすけっとビデオ」がありました。

「びすけっとビデオ」とはMAD的な要素も持ち、自主製作映像としての要素も持つまさに自主製作映像とMADビデオの過渡期にあった物である。実際に実写撮影されたCMパロディ、ニュースパロディなどに加え今でいうOP差し替えMADなども既にありました。 当時は型の小さなテレビで何の予告もなく会場の片隅で上映しただけなので、テレビ周りの人しか見れなかったとのこと。それでも反響はすごかったそうです。

なお、「びすけっと実行委員会」はこの年で解散。その後、同人誌即売会イベントを引き継ぎ、1985年、近畿大学漫画研究会有志によって「企画グループ十二支団」を立ち上げましました。

3)十二支団ビデオ

「企画グループ十二支団」が主催する同人イベントの一角で、当時はパロディービデオなどと呼ばれた映像を制作・上映していました。十二支団以外にも沢山の同人系動画が存在してたそうですが、当時変なものを作っていたのは「十二支団」だけだという話もおおく残されており、世に認識された最初のMAD映像と言われるようになりました。

動画系MADの基礎は、ほぼ「十二支団ビデオ」によって作られました。パロディ、オープニング系、ミュージックビデオ系、替え歌、CM、サブタイトルオチ、アイキャッチ、手書き、本人達の自作自演ネタ。また技術面でもCGやテロップとエフェクトの基礎も既に導入し、今なおこの大分類以外のMADは現れていません。

1980年代当時、娯楽・情報の少ない中で、十二支団ではこのようなスローガンが作られました。

「本当に面白いものは自分で作るしかない」
「十二支団ビデオ」の制作方針として年1回の作品集で毎回新しいものを取り入れようと色々考えられたそうです。

30分と言う時間を見てもらうためには色々な仕掛けが必要であるが、仕掛けすぎて難解になっても飽きられてしまう。曲はなるべくメジャーなものを使い、視聴者が歌詞を自身で歌いながら映像を見れるようにする。中だるみ、息継ぎを作る。

※この点は私が一番影響受けたところで、私が毎回ジャンルを変えるスタイルになった原点でもあります。MADエンターテイメントなんだなと教えられた、一番最初の教科書でした。

十二支団ビデオ制作の代表者であるtencho氏は、十二支団結成時は企画・制作を担当で、このときはまだ1回生。二回目より団長に就任。で、三回目の「うさけっと」終了後退任されたそうですが、この後も十二支団の重要人物として関わることになります。

なお「十二支団ビデオ」はイベント上映の為に製作されたもので、一部関係者を除き、一般配布はされておりません

4)十二支団ビデオシリーズ

1985年「もうけっと」・・・・DJ形式のミュージックTV的な構成
1986年「とらけっと86」・・・サブタイトルオチシリーズ
1987年「うさけっと87」・・・OPネタ、一部字幕ネタ
1988年「たつけっと88」・・・ミュージックビデオ、ドラマ仕立ての字幕ネタ
1989年「じゃけっと89」・・・ルーチンギャグ、間奏部分の台詞挿入
2002年「帰ってきた十二支団ビデオ」・・・ノンリニア編集へ移行

1985年 – もうけっと

当初はこの一回限りで十二支団は解散の予定だったそうです。
ですが、あまりにも成功してしまった為、次年度の開催が決定。「とらけっと」が開催されました。

1986年 – とらけっと
昨年度同企画開催
1987年 – うさけっと

中の島公会堂の消防法上の収容人数は会場の中ホール・小会議室合わせて700人だったそうですが、この年は、驚くことに来場者が1,200人を超えたそうです。当然上映会場にも客が殺到し、収容人数200名の小会議室で3回上映したが、視聴できなかった来場者が続出したとのこと。

「うさけっと」開催後、十二支団創設メンバーは全員卒業してしまい十二支団は一旦解散となりました。この年で天超さんも団長を退任されました。

1988年 – たつけっと

翌年、後輩が続けたいとの要望から、後任を任命し「たつけっと88」を企画。しかし開催の3ヶ月前になって、後輩である実行委員長及び企画担当から「準備できない」「ビデオ企画が作れない」などと泣きつかれ急遽団長に復帰。十二支団創設メンバーを再集結させて「たつけっと」は一応は開催されました。

しかし、この年の来場者はなんと!?前年度の倍を上回る、過去最大の3,000人が来場。うさけっとビデオの反響が大きすぎて、このような事態になったとか。1日に3回上映を行ったが、それでも600人しか視聴できない状況にいよいよトラブルも出始めたそうです。

一気に人気に火のついた「十二支団ビデオ」は、各イベントから貸し出しの依頼が殺到。当初は善意で貸し出していたものの、その後トラブルが発生するようになり、たつけっと・じゃけっとに至っては部外への配布及び貸出は一切しなかったとのこと。
※詳しくは再放送参照

1989年 – じゃけっと

昨年の高揚感が忘れられず、またしても懲りずに開催。しかしながら、当時のスタッフ皆様も卒業しており、仕事が忙しくなったり、イベント主催としての「十二支団」は自然消滅という形で膜を閉じたそうです。

2002年 – 帰ってきた十二支団ビデオ
年頃以前から交流のあったスタジオまるきさんから連絡があり、大阪ジャングル上映会での「帰ってきた十二支団ビデオ」においてノンリニア編集デビューを果たす。


【ニコニコ生放送】2019年3月31日放送「十二支団特集①」
(表で書けないことも喋ってます・・・)

【ニコニコ生放送】2019年4月14日放送「十二支団特集②」


(追記)
この記事は十二支団団長のtencho様ご本人に取材させて頂きました。
リンク先の「十二支団ビデオ」は全てtencho様ご本人より、マスターテープよりコピーして頂いたものです。

ニコ生配信のウラかた(音声環境備忘録)

 私は元々話が苦手で、声も小さく活舌も悪いもので、できるだけ大きくキレイに聞こえるようあれこれ機材を試したり、メンバー間のボイスチャットでいろんなサービスを試してみたり。けっこー地味に苦労してます・・・

はじめはマイクのホワイトノイズ、機材のノイズ、ゲインが足りない、エコー、ハウリング、声がでかい、声が小さい、ケンカが始まる等々、いろいろあってだいぶ苦労しました。ハード面はだいぶ解決したものの、そもそも音声チャット用の通信は、声だけ聞こえればいいので30kbpsくらいしかない(AMラジオは32kbps、mp4で128kbps以上)。周波数帯域も限られているので、相手側で音楽が途切れるという問題が出たり音の世界はかくも奥が深い・・・

機材の世界は上を見上げればキリがない、だんだん沼になりつつある状況です。

1)ニコ生放送準備(備忘録)
 1.環境対策
・環境音に注意。(エアコン、隣の部屋の音、服・ケーブル類接触音)
・ニコ生で放送されてる音が入らないようにする。(エコー防止)
・毛布や吸音材などで、防音対策を心掛ける。
 2.マイク

  ・コンデンサマイクを使う。(室内収録の場合)
コンデンサ・・・・感度が高い。据え置き用など。

    ダイナミック・・・ノイズに強い。手持ち用など。
・指向性があるものがベター。
   (環境音が聞こえなくなるわけではないが、ボーカルが聞き取りやすくなる。)
・マイクにはマイクカバーもしくはウインドスクリーンを使う。
・USB接続のサウンドインターフェイスを使う。
・安いUSBケーブルは使わない。
・ホワイトノイズが酷い場合は、マイクアンプを使うと解消される。
・マイクのノイズリダクションは切っておく。
・マイクの入力感度は下げておく。(強すぎると聞きずらくなる。)
  ・Bluetoothのマイクは使わない。(通信が安定しないと切れる。)
・スマホから通話しない。(通信が安定しないと切れる。エコー防止。)
・ヘッドホンを使用する。(エコー防止)
・モバイル機器の場合、電源は抜いておく。(ハムノイズ対策)
・マイクの性能は単純に値段に比例する。(安いのはノイズがひどい)
 3.パソコンの設定


・Windowsの音量の自動調整を切る。
・マイクブーストは切る。
・マイクの“このデバイスを聞く”を切る。
・配信ソフトのノイズ除去はかけすぎない。
・ボーカルはコンプレッサー、ゲインでバランスをとる。
・入力ゲインより、配信側のゲインに注意。
音声:-5dB
BGM:-24dB
動画・音楽:-15dB
SE:-5dB
・オートゲインのプラグインがあると楽。
 4.ボイスチャット
Skypなどの無料通話は全てAMラジオ音質(32kbps程度)。
なおyoutubeの音声は128kbps。無料通話サービスは人間の声の周波数帯域以外
をカットしているので、回線の状況によっては音がこもる、ゆがむ、途切れるなど
の現象がおきる。有料のWEB会議用のサービスなどは、帯域保障や周波数帯域が
広いので、無料よりは幾分品質はよい。
    DISCODで2019年から開始されたサーバー配信機能を使ったチャットだと
64kbps以上が可能になる。(ただし画面共有はできない)
課金をすると128~256kbpsの高音質の配信も可能とのこと。
(無料通話の個人的感想)
LINE・・・・・・・・・・×
   ハングアウト・・・・・・△
Skyp・・・・・・・・・・◎
DISCOD ・・・・・・・・◎
DISCOD(サーバー配信)・・◎
SkyPhone ・・・・・・・◎

※SkyPhoneは使用したことないのですが、一番音質は良い様子。
(ただし、2019年現在モバイルしか提供されていません。)

2)配信ソフト


現在以下の2択なのですが、N Airはまだ不具合が多くOBSを使っています。
  ・N Air
・OBS

N AirはOBSをベースにしたドワンゴ製の無料ソフト。インターフェイスはほぼ一緒。
違いはニコ生に自動で接続配信できるくらいかな?

3)ボイスチャット


現在、ニコ生放送時、メンバー間のボイスチャットでSkypを使用しています。過去にも、Line、ハングアウトと他にもいろいろ試してみたのですが、通信の安定性に問題がありSkypに落ち着いています。

 只今Discodeをテスト中。テクニカルな裏技を使うとSkypより高いビットレートで通信できるらしく(64kbpsくらい)、また個別にボリュームを調整できるので、聞き取りやすさが期待できるかも?近日中にはメンバーの音声が改善できるかもしれません。
(使い方が難しいので四苦八苦してます。)

ボイスチャットをする際、相手に配信ソフトの画面共有を行いながら、同時に仮想ミキサーを使ってBGMをフィードバックする方法を構築しています。それというのも、ニコ生の遅延にばらつきがある為、話がかみ合わないということがあってこういう仕組みを作る経緯に至ったわけですが、これがむちゃくちゃ難しい。

[Skyp]+[OBS]+[VOICE MEETER]

4)その他補助

ニコ生で、一部のコメントが画面に表示されない不具合があるため、このログビュワーを使っています。

ニコ生コメビュ「やります!アンコちゃん」

このソフトを使うと、184設定を解除している方のユーザー名がわかるので、非常に便利です。(しかし、ほとんど184なので、未だに誰が見てるか分からない・・・)