『おたくのMADビデオ』(はじおう)

デジタル媒体で初めてMADビデオを配布された方が 『おたくのMADビデオ』の“はじおう”氏 だったと記憶しています。はじおうさんは『おたくのMADビデオ1998』を最後にMAD編集から引退しましたが、MADビデオにおけるメディアの変革を起こしたことで有名となりました。

私が入手したのは『おたくのMADビデオ1998』で、それはDATA CD形式で配布されていました。それまでMADビデオというものはVHSメディアが主流で、MADビデオの存在自体、都市伝説の如く語られてきたものでした。

『おたくのMADビデオ1998』にはVHS版とCD版が存在しました。VHS版は数百本程度製作されCD版はそれほど数は作らなかったと聞いています。

しかし当時Windows98の爆発的にヒットが後押しし、そのいくつかのCDははコピーがコピーを生み、デジタルMAD編集を世に知らしめる存在となりました。

ノンリニア編集の先駆者しかり、動画切り抜きやインチキタイトルのテクニックも、これを見て皆真似をするようになりました。

電脳絵巻のインチキロゴの原点です

また「おたくのビデオ」を見るきっかけになったのも『おたMA』の影響であり、「Gロボ」が世に知られたのも、はじおうさんのおかげと言っても過言ではありません。MADムービーとは「布教」であると教えられたのも『おたMA』でした。

彼はこのことを知ってか知らずか、爆発的に拡散されたころには、既に世の中からは姿を消しており、噂は噂を呼び、当時最も有名な都市伝説となって後世に語り継がれていきました。

私がMAD製作を始めたのは1998で、奇しくも同じ時代を活躍することは出来なかったのが今でも心残りです。

と、いろいろ功績の多いはじおうさんですが、今思えば、彼は編集者として一流でしたが、それ以上に戦略家でした。彼から受け継いだことは、作風や技術ではなく、時代の先を見る視野の広さと、常識と変革を恐れない心でした。

はじおうさんには、引退後、何度かお会いする機会があり、公式に弟子宣言させて頂くことができました。

「東北は赤く燃えている!!!!!」